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2008年06月17日

●死刑執行

宮崎勤の死刑が執行され、ニュースなどではこの刑の執行の賛否が話題に上がっている。
宮崎の起こした東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件と呼ばれる事件からもう20年も経っていたことに、少し驚いた。
死刑についての賛否についてはいろいろあると思うけど、宮崎は死刑で当然だし、結審から執行までの期間が短いとは言われているけど、冤罪の可能性も情状酌量の余地も感じられないのに、事件事態から20年も生かされていたのだから、むしろ遅いくらいなのではないかと私は思います。
宮崎の精神鑑定の結果や責任能力の有無がよく取り上げられる。
宮崎は多重人格者だとか、責任能力がないとか・・・裁判での発言や、取材に対してコメントも私たちにとっては意味不明なものだったりするし、遺族に対する謝罪、事件に関する反省は最期までなかったという。
幼い子供を何人も、自分の感情だけで殺しても罪の意識ない。
おまけに責任能力がないという・・・そしたら、厚生だとか、社会復帰だとか望めないじゃない。
宮崎を生かしておくことが、実際に犯罪の防止に繋がってるわけでもないんだから、そういうのを「人権」という言葉だけで、生かし続けることに意味があるとは思えない。
乱暴な言い方だけど、日本の財政が潤ってる、国庫に余裕がある国ならともかく、赤字国家が税金で罪の意識のない責任能力のない連続殺人犯にメシを食わせてるっていうのは、税金の無駄遣いだと思う。
解離性同一性障害だという人と会ったことがあるけど、その人は、自分の中にいる別な人格たちと折り合いをつけながら生きていた。
何人もの人の命を奪ったことに対して解離性同一性障害を免罪符のように言うのは、それと向き合って生きている人たちに対しても失礼だと思う。

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